こんなにも
記憶が薄れちゃっていたとは。
昨夜友人のお通夜に言って再会した当時の同級生の名前が出てこない。向こうは私のあだ名で呼んでくれているのに。うっすらとあの人わかるけど名前が、、、っていう人がいたけど。なんでこんなに間が空いちゃったんだろうってものすごい考えてます。
間は、時間と距離のこと。
私自身たぶん当時はものすごい元気な人で、どちらかというと陽気で誰とでも付き合える目立つ人だったと思う。なのに、自分の中に残っていないのはなぜなのか。それはきっと無理をしていたから。
中学の時転校し大都会の中学校へ行った時の、あのギャップ。同じ歳なのになんて大人びた人たちって感じて、そこでも無理無理お友達作って。
そこから離れて一人しか進学しなかった高校ですごく自由になれた気がしていた。
部活も熱心にやったし、野球部の応援もすごいしたし。
昨日も友達が野球部の何々君だよって、弔問に来ていた彼の名前を呼ぶんだけど???もう困った。やん茶していた私だから恥ずかしいったりゃありゃしない![]()
向こうはわかるんだろうなー相当野球部には近づいてたし、ボーイフレンドもいたしってかわいいお付き合いでしたけど![]()
全てがそうだった。自分がつらくなると関係を切って過ごしてきて、そこへ生まれたのが長男でなおのこと離れてしまった。
でも、もう24歳にもなる息子のことは冷静に話ができるから、そして友人たちもそれぞれ人生を過ごしてきていると冷静に受け止めてくれるとわかったし。
きっと、自信を持ってこれからは生きて行けってことなんだろうね。
盛大なお通夜だった。
普通、一般の主婦だったらあそこまで人は来ないと思う。ましてやご主人もなくされていて、関係も少ないのに。
息子さんが現役の双子の高校生ということもあってお友達が2倍分いて。
その保護者の方も2倍いて。
そして奇しくも今年度が高校の同窓会の役をするのが私たちの学年ということで、皆がつながり始めていた矢先のことだった。大学まで一緒だった友人がその中に入ったのも最近のこと。彼女は私と違い帰宅部(懐かしいね)だったし友達も少なかったのに、数年前に再会した別の同級生に声をかけてもらい、その同窓会委員として参加し始めていた。
それだけでもすごい運命だなと思っていたら今回のこと。
ある意味、さびしがり屋の彼女を見送るにはよかったのかもしれない。
昨日も、お棺の中の彼女に会わせていただけた。きれいな眠るような顔を見て安心した。
誰もが、こんな時に再会したくなかったといい、でも彼女のおかげでまたお互いが合うことができたねと言っていた。
そういうことなんだね、きっと。
これからまたしっかりと大事な時間を紡いでいくってことだよね。
これを書いているバックで「僕が僕のすべて」が流れてます。
自分が作ってきた道、それだけはかわらないんだと思います。なんてタイムリーな曲なんだろう。相葉ちゃんが笑ってー笑ってーって言ってますよ。
悔しいのが彼女との最後がいつだったか、なんて話をしたのかがまったく思い出せないこと。でも、もう仕方ない、今日からはまた、出会えた友人たちを大切にします。
最初に連絡くれた友達のお嬢さんも双子ちゃんなんだけど、うちに障がいのある息子がいるといったら昨日お嬢さんの一人に難病がわかって先が心配です。ってメールが来た。今度ゆっくり話がしたいって、人生何があるかわからないって。
本当にそうだと思う。
長男が生まれていなくっても私たぶん友人とはあってなかった気がする。
自分に自信がなくって、人を信じることができないまま偉そうに生きていたんだと思う。自分たちの悪いところを全部背負って生きていると長男を見てそう思う。
今本当に幸せだと思える自分、あたりまえでないと思う。
感謝を忘れないようこれからも生きていかなくちゃ。
告別式は会議で行けないけど、時間になったら心で手を合わせたいと思います。
さようなら。
ありがとう。



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